ドイツで現代アートを修練し、帰国後は故郷の糸島市二丈松末でアートカンパニー「Studio Kura」を設立した松﨑宏史さん。海外アーティストが長期滞在しながら制作活動するアーティスト・イン・レジデンスの運営や、広大な農の風景や集落を創作に巻き込んでいく国際芸術祭「糸島芸農」など、糸島で斬新なチャレンジを続けています。
アートの道に進むきっかけは?
進路に悩んでいた時、着ていたジャケットの「ART」という文字が目に入って、「アートもいいかも」と思ったのがきっかけです。大学の芸術学部で油絵を専攻しました。
かなり直感型ですね!ドイツに留学したのはなぜですか?
通っていた大学にドイツ人留学生が何人もいて、制作をよく手伝っていたんです。1年くらい留学したいと思い、ポートフォリオ(作品集)を抱えてドイツの大学試験日に飛び込みまして…。その日の授業から参加させてもらえました(笑)。
現地ではどんな体験がありましたか?
ハノーバー専科大学で学んだ後、ベルリンにある廃墟ビルを利用した芸術村「クンストハウス・タヘレス」で活動していました。
そこは、世界中から集まったアーティストが表現活動していた場所。落書きのような「グラフィティアート」で埋め尽くされ、観光地としても有名でしたが、僕はその熱気にすごく影響を受けました。空間が活性化しているというか、生き生きとした空気感がすごく好きでした。
でも、ある時から「日本に帰らなきゃ」って気持ちになりました。「日本人がコンセプチュアル・アートを勉強して、ヨーロッパ風の作品を追求しても本物にはなれない」「自分のルーツから生まれる表現を極めたい」という思いに至ったんです。
故郷でやりたいことは何ですか?
僕は「ジェネレイティブアート」という、コンピュータープログラムで偶発的に生まれる形をもとにした作品づくりをしてきました。例えば、その日の天気や気温で作品が変化するような感じです。どんな作品が生まれるのか、やってみるまで分からない面白味があります。
糸島に戻って最初は絵画教室を始めました。そして、ある時ハッと気がついたんです、「僕がやりたいのは、ジェネレイティブアートのムラ版なんだ」って。
故郷に広がる風景、集落、自然、文化の中にいろいろな感性や背景を持つ人が集まることで、「何か」が偶発的に生まれる環境や仕組みを作りたい。アーティスト・イン・レジデンスや「糸島芸農」はそんな仕組みの一つです。
なるほど!人や地域を巻き込んだ大きな表現活動なんですね!
そうです。運営しているアーティスト・イン・レジデンスには、毎月10人くらいのアーティストが、世界各地から来てくれます。ここで暮らしながら彼らが何を生み出すのか、何を見つけて発信してくれるのか、とてもワクワクします。
国内外のアーティストが参加する「糸島芸農」も、まさにムラ全体を創造の種にするチャレンジ。ベルリンのタヘレスで感じたような「創造性が躍動する空間」を生み出せたらいいなと思っています。
今、糸島にはどんな思いがありますか?
子どもの頃は「ただの田舎」と思っていましたが(笑)、ドイツから戻ってすっかり見方が変わりました。ここに来たアーティストたちも、山の稜線の形、輝く夕日の色に心打たれています。彼らを通して自分も故郷の新鮮な一面を再発見している感じです。
糸島芸農は、地域の方たちの寛容さと協力のおかげで続いています。今年で6回目ですが、多くの方に迷惑もかけてきました。現代アートに馴染みがない人がほとんどなのに、寛容に受け入れてくれたことに感謝しかありません。
妻の早織さんは、ドイツ時代から松﨑さんを支えてきたそうですね。
早織さん:彼はすごく大胆な生き方をしているのに、実はすごく落ち込みやすいところもあって(笑)。ドイツから糸島に戻った直後は、「絵画教室に生徒さんが集まらない」と完全に自信喪失していました。でも、私は「何とかなる」と言い続けてました。私は普通に働いてきた人間なので、面白い生き方に憧れる“普通の人”が大勢いることを知っています。だから、とことん突き進んでもらいたいなと思うんです。
最後に、これからの夢を聞かせてください。
僕たちのスタジオがある一帯を、アーティストが集まる場所にしたい。アーティストタイプの人たちは「独特のセンサー」があって、ある特定の場所に集まるんですよ。世界を見ても、そんな場所から文化が生まれることってよくありますよね。
実際、2年に1度の「糸島芸農」に反応してくれて、この辺りに住み始めた人が何人もいます。糸島の農や自然の風景を残しながら、もっともっと創造性を楽しむ人が集まる地域にしたいです。
Writer‘s comment
インタビュー中、何度も「えっ!」と驚いてしまうほど、松﨑さんの人生は「感性優位」。やりたいと思ったらすぐ飛び込む。しかも、その行動は地球規模。羨ましいくらい軽やかだと思ったのですが、実際は、ポンと飛び込んだ後にすごく悩むタイプだという松崎さん。そこを支えていたのが妻・早織さんの存在。「始める前に慎重に考えて、やり始めたら多少の失敗は割り切れる」という早織さん。2人の歯車が噛み合っていることが、Studio Kuraの原動力のように感じました。
Interview & text by Leyla / Photography by Seiji Watanabe / Edited by: Emiko Szasz