1枚の絵から出会いが広がる。それが描き続ける力になる。
波打つ麦畑の向こうに悠々と存在する可也山。吹き渡る風にさざなみ立つ船越の海。光や風の感触が伝わるような画風が人気の宮田ちひろさん。「Itoshima 印象派展」と名付けた個展には、毎回たくさんの人たちが糸島市内外から足を運びます。
糸島の風景を本格的に描き始めて8年。振り返ってどうですか?
絵を描くことは2歳の頃から大好きで、私の人生から切り離せないものです。糸島の風景画家になってからは、たくさんの出会いに恵まれるようになり嬉しいです。2021年冬は、桜と菜の花の絵がJA糸島のラッピングトラックに採用されました。関東や関西まで糸島の広告塔として走る姿を想像して感激しています。木工家、陶芸家、フェルトや布の作家の皆さんとグループ展をしたことも、仲間が増える良いきっかけになりました。
面白いのは、作品展をすると「これは私ですよ」「この人は○○さんですよ」って、絵に描かれたご本人や関係者が来てくださることがよくあるんです。遠くの海でSUPする人、畑の農道に停まった軽トラックの人…など、そこからリアルな交流が始まることもあります。自然と人を感じる風景をよく描くのですが、小さな点のようでも誰なのか分かるところが、地域の付き合いが残る糸島らしいと思います。
絵を通した出会いで、私自身も成長させていただいています。小さな板に可也山を描いた作品をある女性が購入されたんですが、そのご主人が「絵を見ていたら突然登りたくなった」と登山サークルに入られたそうです。あるときお誘いいただいて一緒に登ったんですが、みなさんゴミを拾ったり、落雷や風災による被害がないか調べたり、植物や史跡を調べたりしながら、週1ペースで登っていると知ってびっくりしました。私はずっと「可也山に守られている」と感じながら山を描いてきましたが、その山を守っている人たちがいたんだってことに気付かされました。
独学で画家になって、個展も成功。ピンチはなかったですか?
毎日不安です(笑)。画家と名乗っているからには、きちんと作品をお届けすることで食べて行きたいと思っています。
作品展でも、みなさんが私の作品に「○」をくださるわけじゃありません。専門的なご指摘を受けることや、「これのどこが印象派か!」と厳しいご意見をいただくこともあります。そんなとき、私も一瞬心が痛みますが、「何のために描くのか、何を描くのか」という自分軸を再確認する学びになっているのも事実です。
私が描く風景は、観光地のような有名スポットではありません。目まぐるしい日々にふと惹きつけられた景色をキャンバスに描き出しています。小さなタンポポ、波打つ麦畑、きれいな夕焼け空…。「現代アートが面白がられる時代に、なぜ今どき風景画?」と思われるかもしれませんが、私はただただ、心に引っ掛かった何かを表現しているんです。
実は、1点1点の作品の中には「伝えたい物語」があります。見る人に押し付けたくないのであまり表には出しませんが、この地で暮らしながら描いた風景だからこその物語です。こんな思いを軸に絵を描いているので、作品展で酷評されても案外強くいられるんですよ(笑)。
絵を描くときは、どんな気持ちで筆を動かしていますか?
イライラしたり、感情がザワザワしているときには、波や麦畑を描きたくなります。私がイライラするって意外ですか(笑)? もちろんネガティブな感情になることだってありますよー!
でもね、自然を描いていると気持ちが落ち着くんです。雨の日もあれば晴れの日だってあるよね、とか、毎日同じリズムの繰り返しでも自然は美しいとか、自然の営みに励まされます。
モネやゴッホのような印象派の画家たちも同じだったんじゃないかな。経済苦や戦争、病気などいろんな苦悩があったけど、作品は美しいですよね。みんな自然から生きる力をもらっていたんだと思います。そういう意味でも、自然豊かな糸島に住んでいることは、本当に幸せなんだと思います。
以前は福祉事業所の職員として、10年ほど利用者の方を車で送迎していました。「時間通り安全に送り届けないと」と毎日一生懸命でした。ある日、みんなが「きれーい!」って声をあげたので何気に顔を向けると、すごく美しい夕陽が目に飛び込んできて、ハッとしたんです。なぜ10年間も、こんなに美しいものに気付かずに過ごしていたんだろうって。四季折々の景色を楽しんでいる利用者のみんなの方が「今を生きる素晴らしさ」を知ってたんだと気づいて、ボロボロと涙があふれました。その夕日を衝動的に描いた作品が、画家としての1作目になりました。
これからの夢はありますか?
んー、夢らしい夢っていうのは、あまりないかな。ただ、ずっと絵を描いていきたいと思っています。
毎年麦畑が見られるのは、毎年変わらず作り続けている農家さんがいるからこそ。人の営みと自然の姿が合わさったときに、すごく美しい景色ができます。私はそれを絵にしているのだから、私自身も今年、来年、再来年…と同じ営みを続けていきたいと思います。大きなことは望まなくても、ずっと同じ気持ちで糸島の風景と向き合っていくことが、私にとっては大事なんです。
太陽が昇って沈むというサイクルを繰り返しながらも毎日違う美しさがあるように、私も同じサイクルを繰り返しながら、毎回美しく光あふれる表現をしていきたい。糸島に住んでいる人たちが故郷の美しさを思い出したり、再発見できる風景画を描き続けられたら、私はすごく幸せです。
Writer’s Comment
これまでに何度かお会いしたことがあり、いつ会っても可愛らしい方だなぁと感じていました。今回のインタビューでは、笑顔の裏にある「画家魂」に初めて触れられた気がしました。糸島の風景画に対するちひろさんの強い思いと、画家として生きていく決心、それをたくさんの人たちが応援している温もりが、彼女の本当の財産かもしれません。宮田ちひろさんの作品は、JR筑前前原駅向かいのギャラリー「artistation itoshima」で常設展示されています。
Interview: Leyla / Photos: Seiji Watanabe